2009年1月10日土曜日

ペリーが作った東京湾の「海図」が世界へ

嘉永6年(1853)年、初めてペリーの艦隊が江戸湾(現在の東京湾)、浦賀沖に「黒舟」は姿を現した。その翌年の嘉永7年(1854)に再び来港した。この間に、江戸湾に停泊中に作成した海図がある。ペリー艦隊は徳川幕府に開国を迫るばかりでなく、しっかりと江戸湾の海底地形を調査を終えていたことになる。下の「海図」は、おそらくペリーの作成した「海図」の原図にちかいものでだろう。水深は、点のデータで、尋(ファズム、1ファズム=1.8m)で表記されている。



(横浜市開講資料館HP)

下の図は、ペリーが作成したアメリカの「海図」を元データにして作成されたドイツの江戸湾の「海図」である。すでに欧州各国では海洋データの交換、引用が進んでいた。



(提供:日本水路協会)