2009年1月30日金曜日

私たちと東京湾の海を守る「海保」のみんさん



海上保安庁の見学の感想
 
どの見学も非常に楽しかったです。海上保安庁など普段は全く関わりのないところを見学し、海の安全を守るためのシステムや訓練などを知ることで、あまり興味のなかった海や船にも関心を持つことができ視野も広がりました。私は最初、海上保安庁は暗くて男の人が海で訓練しているところというイメージしかありませんでした。しかし海図の補正を手作業でパソコンを見ながら行う仕事や、海の交通安全を監視する仕事などもあり、またそういったところでは女性の方も活躍している人がいるということもわかりました。さらに海上保安庁の方がそれぞれ仕事に誇りを持ちつつ丁寧に説明してくれたことで、私のイメージが変わったと同時に私たちの生活では欠かすことのできない仕事だなと、とても身近な存在になった気もしました。楽しいだけでなく大変有意義な見学になりました(りさ)。

2009年1月12日月曜日

東京湾と私たち



 国土地理院標高数値データ

私たちの住んでいる関東地方は、関東平野という平地の地形にあります。その関東平野の中心は、「東京湾」ということが言えるでしょう!東京湾は日本の首都東京、そして全国第二位の人口を有し、世界的に著名な港湾、横浜港を擁する横浜市があります。他にも人口百万規模の政令指定都市の川崎市、千葉市があり、関東平野には1都6県という全国の人口の3割を越える地域でもあります。東京湾はこの関東の海の玄関であると同時に、全国へ供給されるエネルギー・鉱産資源・原材料などの玄関にもなっている。

 東京湾は関東平野の中心に位置している。



まず、関東地方の自然環境について簡単に見てみたいと思います。

地質環境は関東平野は「沖積平野」、この数〜十数万年前に陸化した地域です。しかし、よく見えると、東京湾の下に谷があります。
なぜ、谷が東京湾の中にあるのでしょうか?



「電子海図」海上保安庁海洋情報部

海には「海図」という地図があることを知りました。「地形図」や「住宅地図」などは陸地の地図ですが、海にも地図があると知りませんでした。



この「海図」を作っているのが国土交通省の中の海上保安庁、海洋情報部(古くは「水路部」と言っていたようです)が作成しています。
戦前は日本海軍の中にある組織だったようですが、戦後は商船の航行ほか、海運国日本の運命線を守る「海運」の安全運行を支える役所です。

船の運航は、私たちの日々の暮らしと直接関係は無いようですが、最近ではヨットやモーターボートなどのレジャーで海難事故に結びついてるなど、海と私たちとは意外と身近いところにいるのではないでしょうか?

海上保安庁は海の警察だと思っているかも知れませんが、「潮干狩り」に適した日を示すカレンダーや魚釣りには欠かせないその日の「満潮」「干潮」の時刻もこの海上保安庁が提供しているのです。ご存知でしたか?

東京湾の自然地理学 その1



これは東京湾と外海の太平洋の海域の水温分布です。これを見ると東京湾が以下に人間の居住と関係の深い海であるとき付きます。
温排水、汚染された工場排水などはひと昔前の東京湾を汚くしていた原因ですが、今は、ずいぶんと奇麗になっていえると言うことです。
むしろ海岸線はコンクリートなどの人工のものに代わり、自然の干潟はどんどん減少しています。

東京湾の自然環境問題 その2



東京湾口から相模湾にかけての海底の地形が良く分かる地図ですね。

この地図(次の東京湾北部も含め)は、海上保安庁海洋情報部が作成したものです。従来、国による陸地の地図は、国土地理院(国土交通省)、海の地図地図、海上保安庁(国土交通省)が発行していましたが、この図は陸部の情報を海上保安庁と(財)日本水路協会が恊働で編集作成した図です。

東京湾の自然地理学 その3



東京湾(北部)の海底地形がよくわかるちずですね。この地図も、海上保安庁海洋情報部が作成した海陸連続図(発行、武揚堂)で、場所は、東京湾北部の図です。

東京湾の自然環境問題



この地図は、東京湾をぐるっと囲む湾岸地域の主な地名を記した地図です。良く知られた陸地の地名に対し、今では東京湾で少なくなった干潟や浅瀬などの記載もあり、東京湾への親しみが湧きます。



この図は、東京湾にある干潟の地図です。昭和の高度経済成長期には東京湾の干潟の多くは埋め立てられ、京浜、京葉工業地帯となり、
すっかり減ってしまいましたが、まだいくつかの広大な干潟が残っています。「干潟」は、干満の差にによって生まれる浅海で、貝類、藻類はじめ、数多くの水辺の生物の生息の場となっています。また、その生物を餌として飛来する野鳥、渡り鳥の休息地でもあり、生態学的に貴重とされています。東京湾には、世界的には湿原、干潟の保存すべき自然としての国際条約で有名な「ラムサール条約」に登録された湿地として、千葉県の谷津干潟(http://www.yatsuhigata.jp/about/index.html)が指定されています。

私たちに馴染み深い「干潟」の役割は「潮干狩り」で行く海岸だと思えばいいでしょう。アサリ、ハマグリなど夏に風物詩となって、東京湾が「海」としての私たちの生活と深い関係に有ることを教えてくれます。ちなみに、「『潮干狩り』に適した日」を教えてくれるところを知ってますか? ななんーと、「海上保安庁」の「海の相談室」です。ここで、潮の干満の予報を出しています。そう、船にとって潮の干満は航行上、非常に重要です。




このチラシ(地図)は、海上保安庁の第三管区保安本部(横浜)の「海の相談室」が毎年発行している「東京湾潮干狩りカレンダー」です。

海の地図「海図」がつくられるところ 海洋情報部(築地)見学 海上保安庁見学記 その1

海上保安庁海洋情報部(築地)の見学会

 「5月の自然地理学の講義で扱った「海」の地理学を学ぶねらいで例年実施している海上保安庁海洋情報部の見学を 6月26日(木曜)の午後、見学希望者のみで実施した。今年で5年目を迎える訪問・見学である。F大学の学生は、見学態度が良いので、毎回歓迎される。今回は実施時期が遅れたこともあって、試験等も近づき、履修学生の都合が付かず参加が少なかった。
 海洋情報部の歴史は今から130年前の日本帝国海軍水路部(海軍省水路局)がその発祥である。戦前は、日本の誇る「海軍」が世界の海を航海するために世界中の海の地図=「海図」を作成していた。」(太田)

海は自由に船で移動できると考えていたが実は陸のようにきちんと道路があり、交通ルールもあるんですね(驚き!)。だから、船のナビゲーションシステムが存在する。海洋情報部ではこれらの地図(海図)・海洋調査・マリンレジャー情報・防災情報などを逐一船員さんまた市民に情報を提供しているのです。(ゆき)



海洋情報部(旧水路部/戦前は海軍水路部)の歴史を語る「水路資料館」(財)日本水路協会



では、「海図」とい一言でいいますが、その種類は多種です。一般に「海図」には「航海用海図」「特殊図」「海の基本図」の3つのものがあるそうです。



「海の基本図」日本周辺 海洋情報部より

「航海用海図」には船員さんが必ず船に乗る際持っていなければならい海図であり、海の水深・浅瀬・灯台やブイなどの航路標識・陸上の建物の様子を示しています。これを持っていないことが発覚すれば事故が発生した場合、海難審判で重い罪になるそうです。かつ、この海図は随時変わるため船員は常に新しい情報に変えていかなければならないということがあります。これを「『海図』の現状維持」と言うそうです。現在、最新の技術で、船には電子海図(ECDIS)が設置されているという話です。



これは陸の自動車についているカーナビみたいなものだそうです。電子海図の主な表示機能は表示画面縮尺・自船の位置、方位、速度・変針点までの距離・安全水深・航路、変針点である。また各海の時間の様子も示すこともでき、夜の様子の「電子海図」の画面はとてもきれいでした。この夜の様子の海図で印象的に残ったのが、灯台の光の範囲がきちんと示されていたことだと思います。海洋情報部にあった電子海図は1台2000万円もする非常に高価な機器でした。現在の日本の法律ではいまもなお電子海図のみの運行は許されてなく、船員はやはり紙の海図も必ず持っていなければならないそうですが、2010年から国際条約で「電子海図」も紙「海図」と同等の法的な義務を果たす様になるとのことです。海外では既に、法律が進んでおり、電子海図があれば船を動かしてもいいようになっている国が多々あるようだ。



「特殊図」とは航海用海図に載っているもの以外の船員さんが必要とする海流図・潮流図・大圏航法図などがあります。
また、「海の基本図」とは海洋開発等の基礎となる情報を示した地図です。

 始めに述べたように海図は絶えず変化する。それらの訂正は手作業によって行われていりとのことです。訂正を行う場所は、現在、羽田空港にある「(財)日本水路協会」で実施しています。別の機会に見学したところです。そこで、実際に仕事している方に話を聞いたところ、「見た目は簡単そうでも非常に神経を使う仕事で大変だ!」と言っておられました。
大きな訂正のものに関しては新しい海図を発行します。そして古い海図はただのゴミとなってしまうが環境を考え、それで紙袋をつくるリサイクルの工夫を行なっているとのことです。

 海洋情報部は海図の他に水路書誌も発行している。これには海図に表現できない港湾・航路・気象・海象の概要を示した水路誌(国内・国外のものがある)、航路標識状況・潮汐や潮流の予報・惑星や恒星位置を示す特殊書誌があるそうです。



 海洋情報部は海図の他に「航空図」も発行していました。なぜならば、戦時、中海と航空というのは非常に密接な関係があったからである。しかし現在はもう発行されておらず、その残りもわずかでとのことでした。私たちの「自然地理学」の担当教員のO先生は、「この航空図の大家ですよ」と、情報部の方に伺いました。

またこの他に海洋情報部は海外とも情報を交換し合っているために、英語の海図と言うものも発行している。これは世界共通のものであり使う色が日本語の海図とは異なる。



 海洋情報部で働いている女性の方々のお話も伺うことができました。みな海上保安学校を卒業している方々でした。腕がどれだけ細くても片手で(両腕ともに)縄に3秒捕まる試験があることに驚きました。お話を伺った人の中にはつい最近まで船の上で実際に働いていた方がいたことにも非常に驚きました。船の中というのは非常に狭い空間である。その中でたくさん男性がいる中で働くなんて精神的にとても強い方だと感じた。ここでの仕事場の雰囲気も非常に良さそうで、いろいろと多くの社会で問題になる有給休暇や産休などがきちんとされており女性でも安心に仕事ができる空間が作られている。こういったお話が聞けてよく見られるような職業の場とは別な同じ女性の職場状況がみることができよかったです。(ゆき)

*参考文献:海上保安庁海洋情報部 (財)日本水路協会
      『海の図いろいろ』
      海上保安庁海洋情報部 『海を探る』

href="http://www1.kaiho.mlit.go.jp/KIKAKU/jhd_history.htm">http://www1.kaiho.mlit.go.jp/KIKAKU/jhd_history.htm



                
「海図」の作成過程の説明を受ける


 戦後は、民間の商船を中心に日本の経済を支えた海運の重要な海上交通の安全を確保するためいに海洋情報の収集に当たっている。英語名は「Hydorographic Office」。現在でも海洋情報部は、この英文の名称を海外向けに使っている(強いこだわりか?)。海上保安庁は、行政官庁の「国土交通省」に属している。元は「運輸省」にあって、他にも「気象庁」などとともに交通運輸の安全を守る観点から、海上交通に関する安全航行の支援を行っている役所である。航海に関係のあることで、意外に知られていない業務に「潮汐」=海の干満を港別に予測し、発表している。潮の満ち引きは、月と地球の位置関係から生まれるので、天体観測⇒暦を作る作業がこの役所の隠れた仕事である。最近では、海洋法の問題で、海底地形の調査、沿岸域の精密な調査など、領海、排他的経済水域などの線引きでは、極めて重要な役割を果たしている。





今回は、「地図」の視点から海の地図=「海図」を作成する官庁として海洋情報部を見学した。築地は戦前から海軍関係機関が多くあったところ。まさにわが国の「海図」の誕生したところである。2010年、海洋情報部は移転することになっていると言う。移転後は、金融庁?が霞ヶ関から移転してくるという。



海洋情報部内の「海の相談室」にて
 
 「海図」の流通、海事関係を扱い、海洋レジャーでの海洋情報を扱う(財)日本水路協会を見学する。

「海図」は生きている!! 日本水路協会(羽田空港)見学 海上保安庁見学記 その2



 「海図」=海の地図を作成する我が国官庁は国土交通省の外局、海上保安庁海洋情報部でることは先のBlogで書いたと思う。今回、見学したのはこの「海図」が最新の地図として更新されている様子を学生に見てもらいたくて見学会を企画した。今回は、慶應義塾の若き学生もANA のメインテナンスセンターの見学と兼ねていたので、同時開催で実施。


「海図」は印刷・発行後も船の運航上、最新の海事情報になっていなくてはならない。「生きている海図」と表現したのは、そのような意味あいからである。毎週、海上保安庁から「水路通報」が海事関係者に送られる。港湾の工事、灯台の補修、沈船情報などなど・・・。
航海士始め「海図」管理者はその最新の状態に「海図」を保つ事を求められる。
従って、「海図」の販売元である日本水路協会では、売り物の「海図」を常に最新の状態にすることが義務づけられている。


『「海図」は重い!!』海図用紙はその使用環境=航海士、船長による航行コースの度重なる書き込みに耐えなくてはならない。その為には、極めて高い紙質を求められる。何度も鉛筆、消しゴムで書いては消しても破れない、さらの、不用意にコーヒーや水をこぼしてもそれが原因では決して破れない・・・紙質が求められる。従って、重い!! 実際に「海図」の重みを学生に体験してもらいたくて実際に持ってもらった。約100枚で四六善全版の「海図」は10kgある。ズシリと重かった違いない。



 日本政府が発行する世界中の「海図」が羽田空港に成るとは・・・大変、興味深い。


「海図」の端には、海図番号、発行国、官庁、そしてどの「水路通報」まで修正されているかを記入した手書きの記録がある。これが、「海図」が生きているかの証拠となる。



いつもいつも、学生への説明をしていただいている元海上保安庁の海図主任編集官のI氏です。地図学会の重要なメンバーのお一人です。

東京湾の守り「東京湾海上交通センター(観音崎)」海上保安庁見学/訪問記 その3

*東京湾海上交通センター

ここでは主に東京湾の交通安全のために船舶のスピードや航路入港予定時刻の調整をしています。私はここで驚いたことが2つありました。1つ目は、ここでは航路から外れていたり、スピードが制限速度を超えていたりしても、忠告だけで捕まえることはできないということです。2つ目は、この東京湾では巨大船も通るのにもかかわらず普通に漁業が航路内で行われているということです。航路はそんなに広くないので危険!!本当にこの東京湾海上交通センターの方の役割の重要性を感じました(りさ)。

東京湾の出入りがあんなに激しいものとは初めて知り、驚きました。
管理する船の数に比べてセンターの規模が小さくて働いてらっしゃる方々の数も少
ない中、しっかり運営されていることから一人ひとりの責任と任務の大きさは計り
知れないものなのだなと思いました。
ひとつ間違えば、大事故や経済状況にも影響を与えかねないような環境や生の現場
を垣間見ることができて、非常に貴重な経験ができたと思います。(かな)



現代版、IT灯台、「東京湾海上交通センター(コールサイン:「東京マーチス」)」を自然地理学履修生の有志で訪問しました。






「東京海上交通センター」は県立公園の観音自然園地内にあって、明治期の最初の西洋灯台「観音崎灯台」のすぐ近くにあります。








観音崎の「東京湾海上交通センター」は東京湾だけではなく、海上交通の要所である瀬戸内海を中心に、関門海峡、来島海峡、備讃瀬戸、明石海峡と大阪湾のほか、名古屋港などにもあります。いずれも世界有数の海上交通量を誇る危険箇所です。1974年に東京湾の浦賀水道の中ノ瀬航路で起こったLPG/石油混載タンカー第十雄洋丸と鉄鋼貨物船の衝突による重油流失によって起こった火災で受けた日本経済の多大なる損害がこのセンター設置の発端です。



海上交通センターの主たる業務は、大型船や危険物搭載船の海上衝突事故を未然に防ぐことが主な任務です。「海上交通安全法」という法律で浦賀水道を通過する該当の船舶は事前に通報しなくてはなりません。


上の地図は国土交通省が作成した3次元の立体の浦賀海峡の海底地形模型。これは喉から手が出るくらい欲しいアイテムですね。

「東京マーチス」の使命は、大型船や危険物搭載船の浦賀水道航路の安全航行がその役目です。世界一を誇る「浦賀水道航路」の安全がいかに大切であるか? また、地道な航行管理業務の大切さを痛感した一日でした。


見学者の全員がセンターの屋上で記念撮影。今日はご案内ありがとうございました。
東京湾の海上安全を守る「縁の下の力持ち」・・・がんばれ!!!「東京マーチス」

これからもますます私たち、首都圏の4000万人の生活と安全を守ってください。
お願いしますーぅ。



東京湾を守る拠点 「第三管区横浜防災基地」(横浜港新港埠頭)その4

海上保安庁~第三管区海上保安本部(横浜海上防災基地)

 ここの資料館に何年か前に戦った北朝鮮の工作船や密輸された拳銃や麻薬が置いてありました。
結構リアルで怖かったです。本部では訓練用の大きな水槽や武術場、そして模擬船室という船の中を再現した部屋もありいろいろな事態を想定して訓練しているということがよくわかり面白かったです。中でも面白かったのは大型ヘリが搭載できる巡視船「やしま」の見学と、重油がもれてしまったときの対策の実験でした。巡視船は意外と狭くて、夜は真っ暗で…ここで何十日間も過ごしながら、常に何か問題は無いのか監視しなくてはいけないというのは想像以上に大変なことだろうと思いました。また船に搭載されているヘリコプターはちょうど整備中で裏側が見られて面白かったです。海上保安庁というと“海猿”の方を思い浮かべがちですが、こういった裏舞台で活躍する人たちもいるということを知ることができました。重油の排出事故には時と場合によって、重油を溶かしたり、油の拡散や漂流を防ぐために囲いを作ったり、繊維(?)みたいなものに絡めて取ったり…と、さまざまな対処の仕方があるということをビーカーで実際に実験しながら教えていただきました(りさ)。



 
海上保安庁「横浜海上防災基地」と大型ヘリ搭載巡視船「やしま」を見学

 

 講義も終わり夏休みに入りましたが、今年の履修学生は熱心です。6月に実施した「海図」を作成する海洋情報部(築地)に引き続き東京近辺の海上保安庁の施設見学の強い希望がありました。
 
 第一回目は、横浜港にある「横浜海上防災基地」。正式名称は、「第三管区保安本部横浜海上防災基地」で東京湾の海と海からの安全を守る重要な拠点である。




ドラマ/映画の「海猿」はここ横浜の海上防災基地でも撮影された!

第三管区保安本部に属する世界最大級の大型巡視船「しきしま」模型と実写(海上保安庁)



さあ、これから、今日の見学のハイライト、海上保安庁 第三管区横浜保安本部に属する我が国の大型巡視船「やしま」の見学です。今回、「やしま」が見学できるように防災基地の監理課の方の特別のご配慮で見学することができました。全長130m、総トン数3,500トン、2機のヘリコプターを搭載できる大型の巡視船、まさに「海の守り神」です。



第三管区の警備範囲は広く、遠くは小笠原海域から北は銚子沖から名古屋湾口から沖の鳥島までを含む「排他的経済水域」の全域という非常に広範囲な海域を担当しています。



第三管区保安本部が担任する海域

第三管区は茨城県から静岡県までにいたる沿岸水域・伊豆諸島や小笠原諸島からさらに南に位置する最南端の沖の鳥島や最東端の南鳥島の範囲の治安を守っている。(ゆき)
 


 まず、巡視船「やしま」のブリッジ(操舵室)を見学しました。展望が良いばかりではなく、GPS(グローバル・ポジショニング・システム)やECDIS(電子海図)、レーダーなど新鋭の航海機器が一杯並び、さながら軍艦のようでした。双眼鏡を使わせていただき、船は停泊中でしたが、航海中の気分で横浜港を見回すことができました。



ブリッジ(操舵室/船橋)から見た横浜港



「やしま」のブリッジで実際のチャートワーク(「海図」による航路の線引き)を保安官の方から説明を受けました。
2つの三角定規と鉛筆で船の進む方向と航路が次々に記入されて行きます。



写真は海上保安庁のホームページより

 巡視船「やしま」には2機のヘリコプター(ベル212)が搭載されていますが、見学した時は、一機が船内の格納庫(基地)内でバラバラになって整備されていました。一機は羽田航空基地で待機しているそうです。整備に当たる方々の真剣な眼差しとともに、日々の訓練の厳しさを思わせる緊張感が伝わって来ましたが、最後に記念撮影をさせていただき朗らかに質問などに答えていただきました。






横浜海上防災基地の見学

 防災基地内にある造波プールです。ここは「海猿」こと海上保安庁の潜水士の訓練をするプールです。洋上での救難業務は嵐の中の波高の高い中行われます。このプールでの訓練では、実際の海での救助活動のように行われます。特にこの施設には、実際に起こりうる状況に近づける為に、救難ヘリの風圧を再現できるように天井から強風が吹き下ろすファンまで取り付けられています。



 施設において潜水訓練する場所が「A水槽」「B水槽」「C水槽」と3つある。「A水槽」は25メートルプールのようなものです。しかしこのプールでは人工的に波を起こすことができる。また天井には大きなファンがあり、これにより空にヘリがあることを想定した訓練ができる。また床が可動式であるので訓練にあった深さの訓練も行うことかできる。





「B水槽」では本格的な潜水訓練が行われる場所である。壁にはいくつもの窓があり、ここで外から中の様子を伺うことができる。実際の『海猿』で使われた現場で、映画ではとても深い設定になっていたが実際は10メートルだそうです。「C水槽」は常に水が濁った状態に保っている水槽である。ここでは沈没した船から船員を救助・水の中での船の解体などの訓練が行われている。私たちが見たときは非常にきれいになっていたので実際どれだけ汚いのかが見てみたかったものである。



 模擬船室という訓練施設では、実際の救助訓練が行われる場所である。ここには70キロもするマネキンがあり、訓練士はこれを抱えて障害をくぐったり・登ったりします。

この海上防災基地は平常時は第三管区の横浜保安部の船艇の基地でると同時に、羽田空港にある「特殊救難隊(特救隊)」の訓練施設のほか、海難事故等に伴うオイル流出・拡散を食い止め、油を回収する「機動防除隊」の基地でもある。



 全国の海上保安で第三管区にしかなく全国を守っているのが機動防除隊である。現在その隊員数はたったの12名である。彼らの仕事は海上の事故により排出された油・有害液物質を取り除く作業を行っています。その除去法には以下のようなものがある。
 まず油回収装置といっていわゆる海の大きな掃除機みたいなものである。油の性質は水より軽いというもので、その性質を利用してこの装置で表面に浮いている油を吸ってしまうものである。
 油というのは水のなかでは分解されません。そこで油処理剤という薬品を使うことによって分解されない油は分解してしまう。これにより油は分解され水にだんだん溶けていき海底に沈んでいく。一瞬油が海底に沈んだら海を汚染させるのではないかと思うところだが、本来油は生物が死に地中で分解されできたものなのだからけっして汚染することなく自然に戻っていくのだ。この油処理剤は現在、生物や環境に対しては何も害を与えられていないとされているためよく活用されているそうだ。またこの薬品は海面上に流れ出た油の重度に合わせて濃さを変えているそうだ。
 海というのは波によって動いている。これでは除去する際に油はどんどん分散されてしまう。そこで便利なのがオイルフェンスである。これにより被害となった場所を囲ってしまい、油回収装置や油吸収マットなどで油を回収することが可能だ。
 油吸収マットというのは羊毛状で柔らかい繊維が並んでいる為、油だけを吸収する便利なマットである。しかしこれだけでは吸収できないほど量が多い場合は繊維一本が太く、チアリーダーが持つようなポンポンの形をしたものがここで活躍しこれで油を絡めてすくいあげる。機動防除隊というのは始めに述べたように日本において横浜の第三管区にしかいない部隊である。そのため例え日本の北の端っこ又は南の端っこで海上での油事故があるとしても彼らは出動します。彼らは時には世界でおきた油流出事故にも協力している部隊でもある。ここの部隊には今もなお女性の人はいないそうだ。



「機動防除隊」の隊員から回収機器の説明を受ける。

防災基地内には、全国で唯一のタンカーなど原油を搭載した船舶の海難事故に伴う油の流失による海洋汚染を防止する機動部隊の基地があります。名称は「機動防除隊」(http://www.kaiho.mlit.go.jp/03kanku/93nst/)です。この部隊も東京湾で起こったタンカーの座礁事故の教訓で組織された部隊だそうで、全国で起こったオイル流出事故に対処する強力な部隊です。



薬剤による油質の分離する様子をデモンストレーションを受ける。



「機動防除隊」の勇壮(第三管区保安本部)



「機動防除隊」のエンブレム


昨年度(2007年度)は艦艇の「便宜供与」として「体験航海」も経験:

 昨年は、第三管区のご配慮により、実際の巡視船に乗せていただきました。ベイブリッジより奥(港の入り口より外)の海まで乗せていただきました。私たちの乗った巡視船は「のげかぜ」といい、巡視船の中でも小回りの利く船でだそうです。実際にその特性がでる360度回転を経験しました。傾きがすごかったです!!。この巡視船は二つの方法で操縦でき、一つは車のハンドルのように操縦する方法であり、もう一つが左右の手で左右別々のエンジンを操作するという真っ直ぐ進むのが難しい操作方法である。後者の操作は難しいが速く進むには非常に適している方法だそうだ。(ゆき)